か な ぐ や   の  れ き し
 

金具屋九代目(予定)西山和樹です。
金具屋の歴史のページへようこそ。
私が金具屋で働きはじめたとき、
一番最初に行ったことが昔の資料の整理でした。

昔の写真、パンフレット、グッズ。
乱雑にしまわれていた資料を時系列に整理し、
時代をたどることでこの宿の歴史が見えてきました。

“歴史の宿金具屋の歴史”、このページによって
その一端を知っていただければ幸いです。

当館は宿屋になる前は松代藩出入の鍛冶屋でした。当館の前を通る道は、善光寺と草津を結ぶ草津街道であり、志賀高原の山越えの宿場町として栄えていたのが渋温泉でした。街道に必要だということで、飯山から分かれ渋温泉に来て金具の仕事をしておりました。

ところが宝暦四年(1754年)、裏山「神明山」が崩れ、渋はほぼ半分が土砂に埋まるという壊滅的な被害をうけます。当館のあった場所も土砂に埋まってしまいました。


神明山崩壊前の渋温泉(現在のような斜面ではありません)

その災害の復旧中に敷地内より温泉が湧出し、それを機に宝暦八年(1758)に宿屋となりました。前身が鍛冶屋であったため、当時の松代藩主から「金具屋」と命名されたということです。これが金具屋の創業となります。現在の渋温泉が傾斜地になっているのはこのとき崩れた土砂の上に街が作り直されたためです。

当時の写真やパンフレット、資料をもとに、時代時代の金具屋を再現してみました。明治・大正時代、昭和10年代、昭和20年代、昭和30年代の金具屋をご覧ください。


 
 明治・大正時代

明治、大正時代までは地方の温泉地はほとんどが長期滞在の湯治宿や旅の途中の休憩地でした。当館も自炊での長期滞在を中心にした湯治宿で、客室もフスマ仕切りという簡単なものだったようです。
明治・大正時代の金具屋へ

 
 昭和10年代

昭和のはじめ、「これからは湯治ではなく、一泊、二泊の観光旅行の時代になる」と考えた六代目西山平四郎は、宮大工を連れ、当時の観光旅館の先進地であった伊豆や箱根をはじめ日本中の観光地を巡ります。
そこで気に入った建築を取り入れ、建設したのが木造4階建「斉月楼」。同時に「大広間」「鎌倉風呂(初代)」も完成させ、観光旅館としての一歩を踏み出します。

しかし、まもなく戦争がはじまり、その後戦況が悪くなっていきます。結局完成後まともに営業できたのは僅か3,4年ほどだったようです。

戦争中、渋温泉は東京都の江東区、豊島区からの学童疎開の受け入れ先になりました。
渋の各宿に分宿し、当館の大広間を教室として利用していたようです。

戦争末期には陸軍の傷痍軍人の療養施設として利用されていたようです。
昭和10年代の金具屋へ

 
 昭和20年代

善光寺参拝旅行から「団体旅行」という形態があらわれ、旅行の定番となります。
また、外国の方の利用にあわせ、屋号に「ホテル」をつける宿が増えました。
当館も「金具屋平四郎」から「金具屋ホテル」と名をかえます。

戦後、昭和25年に大広間の改修が行われ、洋風の会議室(現在の聞天の間)、
ダンスホール(現在の雲井の間)がつくられます。
また、同時期にローマ風呂(現在の浪漫風呂)の完成、岩窟風呂ほか貸切風呂が完成し、ほぼ現在の形となりました。
昭和20年代の金具屋へ

 
 昭和30年代

日本の経済の成長とともに、日本各地の温泉場も大いににぎわった時代です。
旅行といえば団体旅行。大きな施設、設備、西洋風ホテルがもてはやされ、日本旅館は設備の大幅な見直しを余儀なくされます。
当館も玄関のあった棟を鉄筋コンクリート4階建に建てかえ、屋上に露天風呂をつくりました。
玄関も赤いじゅうたん、革のソファ、シャンデリアと、洋風になりました。地下にはミラーボールのある大きなスナックまであり、毎晩にぎわっていたようです。

日本旅館の本来の良さが見直されるのは、しばらく先のことになりました。
昭和30年代の金具屋へ


金具屋歴史年表

年号 歴史 備考
渋温泉で鍛治屋を営む
1754(宝暦4年) 渋温泉「神明山」崩壊 復興時に敷地内より温泉が湧き宿となる
1758(宝暦8年) 金具屋創業 松代藩主より命名
1906(明治41年) 潜龍閣完成 第一別館。本館、2号館、月見堂、居人荘の計5棟
1929(昭和4年) 第二別館(臨川閣)完成 後に臨仙閣として独立、現在は廃業
1936(昭和11年) 斉月楼、聞天閣(大広間)、鎌倉風呂(初代)完成 鎌倉風呂(初代)は木造、昭和52年解体
1940(昭和15年) 本館玄関改装 それまでの湯治棟を建て直し。木造2階建。
客室名「宵待ち」「この君」など
1941(昭和16年) 太平洋戦争始まる 東京都足立区、豊島区より学童疎開の受け入れ。
戦争末期は陸軍傷痍軍人の受け入れ。
1945(昭和20年) 大広間倒壊 2月11日大雪の為、本間部分の天井が落下。
けが人なし。
太平洋戦争終戦
1949(昭和24年) 善光寺参拝旅行、臨時列車が出るようになる。
(有)金具屋ホテル設立
1950(昭和25年) 大広間再建 折上げ二重格天井となる
雲井完成 当時はダンスホール
聞天完成 当時は洋風の大会議室
ローマ風呂完成 現在の浪漫風呂
  ※建築基準法により木造三階建以上は禁止となる
 
1954(昭和29年) 居人荘改築
1958(昭和33年) 新本館完成(のちの神明の館) 鉄筋3階建。屋上に露天風呂。
客室名「大江戸」「平安」など
1963(昭和38年) エレベーター完成(別館志賀ハイツ)
1966(昭和41年) 大広間行きエレベーター、プラザ完成 プラザ昭和54年?閉鎖
1977(昭和52年) 鎌倉風呂完成(2代目) 老朽化のため建て直し。鉄筋。
1980(昭和55年) 本館改装「神明の館」 客室名「木曽路」「安曇野」など
1992(平成4年) 玄関、本館、通路など改装(平成の大改修) 玄関に築200年の土蔵の材料を組み込む
2001(平成13年) 潜龍荘改装
2003(平成15年) 国登録文化財に認定 「斉月楼」「大広間」2棟
2004(平成16年) モデルとなった「和風ドールズ・ハウス」販売開始 デアゴスティーニより発行。
2007(平成19年) 潜龍荘庇こけら葺き葺き替え 木曽 栗山木工所
2008(平成20年) 雲井の間改修工事 かつてのダンスホールのイメージに
2010(平成22年) 斉月楼庇こけら葺き葺き替え 栗山、および善光寺栃葺き職人
2013(平成25年) 浪漫風呂ステンドグラス刷新 神奈川アートプレイス
2015(平成27年) 鎌倉風呂屋根瓦葺き替え。 長野市小笠原瓦店

か な ぐ や   の  れ き し