金具屋の歴史その８（1970-80年代頃）

高度成長以降、バスを何台も連ねる企業の社員旅行が全盛となります。全国各地に巨大旅館が立ち並ぶようになり、近隣でも施設の大型化が進んでいきました。

前節で触れたように、地勢上渋温泉はバス団体旅行には不向きでしたが、何もしなかったわけではなく、渋温泉に点在していた地域住民の共同浴場を宿泊のお客様に開放する企画「苦労を流す九つの外湯巡り」、それに付随し手拭に朱印を集める「巡浴手拭」を販売、北信に縁の深い葛飾北斎の川柳句碑の設置、地獄谷野猿公苑とセットにしたキャッチフレーズ「お猿の温泉渋温泉」と猿のキャラクター。現在の渋温泉の核となるこれらの企画はすべて昭和40年代に開発されたものでした。（※画像は今の渋温泉のマンホール。この初期デザインは昭和40年代に行われました）

全国的にもさまざまな企画がはじまりました。
それまで地味な着物を着て裏方を回していた旅館の女将が、豪華な着物に身を包みお客様をもてなすという企画を北陸の温泉場がはじめるとこれが大ヒット。今では旅館の女将はそういうものだとなっていますが、これも宿泊施設の大型化による業務の変化といえます。施設、料理、サービスの豪華化がすすんでいきました。

金具屋は迷走をしていきます。
70年代には木造4階建斉月楼を潰し、そこにより収容力の高い大きなビルを建てる計画があったのですが（完成予定図もありました）、すでにその資金力はなく断念。当時の主流の大型化に失敗します。大型旅館の流れにも乗れず、小規模旅館の小回りのよさも生かせず、ただただ中途半端な状態で大手旅行会社からの送客を受ける。優秀な営業がおりなんとか売上はあったものの、あまりよい評判にはなっていませんでした。

そして80年代。志賀高原が第2次ブームにさしかかります。スキー修学旅行の受け入れの大ヒット、そこから87年の「私をスキーに連れてって」ブーム。渋温泉では志賀高原のホテルも経営している旅館が多かったのですが、渋温泉で稼げない分を志賀で稼いでいた、そういう時代でありました。金具屋もそうだったのです。

昭和30年代頭に急ごしらえで建てたものはすでにブームが去り、老朽化もすすんでいました。宴会ができて寝るスペースがあればいいというチープなものからの脱却を試みます。
昭和54年に本館・玄関部分の全面改装。客室を広く、設備を整えました。大きな売店や秋山郷というスナックも作っています。

金具屋はここで「歴史の宿」を名乗り始めます。この名前は昭和30年～40年代の失敗の反省だったのかもしれません。

当時のパンフレットに七代目のコメントが載っています。抜粋しますと、

“当ホテルも時代の推移とお得意様のニーズにお応えを致しつつ環境の整備や体質改善につとめて参り信濃路の「良さ」とご家庭の延長の「やすらぎ」の宿としてこの程日本建築の伝統美に統一した館内の整備が完了致しました。
当ホテルの長年のモットーであります純日本式旅館の良さを残すべく、その専門店としての「奉仕の心」をいま一度ここで見つめなおし「サービス第一」にを最後まで守りつづける経営をスローガンに営業をいたす所存…”

金具屋がかなり苦しい状況だったというのが垣間見えます。このころは大手旅行会社の権力が非常に強く、そこに対しての施設の評価の低さへの謝罪という感じもします。

さて、ここで軌道修正を行った金具屋だったのですが、この後は空前のバブル景気がやってきます。「快適・便利」からさらに「富と浪費」の時代へ。残念ながら「歴史の宿」への理解はされませんでした。

木造温泉旅館の魅力が再認識されるのは、まだ少し先の話となります。