金具屋の歴史その1(江戸時代1758-)
創業
創業
元は鍛冶屋(金具師)
金具屋を過去に辿ると、元々は長岡藩に付いていた鍛冶職人だったといわれています。
家紋の「丸に三つ柏」は長岡藩を収めていた牧野家の家紋だそうで、藩の命で飯山市にうつったとのこと。
長岡も飯山も仏壇・仏具が有名ですが、その金具をつくる職人を特別に「金具師」と呼ぶそうです。
現在も飯山市に本家があり、そこから分家で渋温泉にうつってきたのが当館の祖先ということになります。
渋温泉は上州から信州善光寺をつなぐ草津道。山を越える際の拠点になる場所で商売ができるとふんだのでしょうか。他2軒の分家仲間とともに渋温泉に移住をします。
災害復興中に湯が出る
宝暦4年(1754年)、大雨による土砂災害で渋温泉の裏山「神明山」が崩れてしまいます。ちょうどふもとに仕事場を構えていたため被災。復興のために土地を掘っていたところ、敷地から温泉が湧き出したといいます。
鍛冶屋というのは金具を造るだけでなく、当然品物を先方に届けるわけです。当時は配達をする職人を泊める部屋もいくつか持っていたようで、再建の際、温泉が湧いたのを機に、温泉宿としてもやっていこうとなりました。創業は宝暦8年(1758年)、金具職人であることから屋号を「金具屋」命名され松代藩に届けをだしています。当初は金具師と兼業をしていました、四代目からは温泉宿専業となります。
ちなみに鍛冶屋では『藤四郎』という名であったのですが、温泉宿を始めた次の代からは『平四郎』という名に変え襲名をしています。刀では「藤四郎」といえば有名ですが、関係はわかっていません。


