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金具屋の歴史その9(1990-2000年頃)

かわる世界

かわる世界

大きな転換

80年代の終わりに行われたふるさと創生1億円。この施策の評価はともかく、超好景気(バブル)の活性を都市だけでなく地方にまわそうという国策がいろいろありました。
その中で行われたのが1990年から2年間で行われた渋温泉の街並み整備事業。路面を石畳に貼り替え、風情溢れる温泉街にするというものでした。
これが現在の渋温泉の街並みとなります。

1991年、長野冬季オリンピックの開催が決定となります。
札幌以来26年ぶりの日本でのオリンピックの開催が決定。バブルで沸きに沸いた異常な世界から日本の伝統文化が見直される転機であったように思います。

さて、高度成長期からバブルで躓いていた金具屋はここで大きな判断をすることになります。銀行のすすめで、志賀高原のホテルで出た利益を借入金の返済にあてず、金具屋の再生に使用することになったのです。八代目が指揮をとり、金具屋の大改装を行います。善光寺の修繕にあたっていた当時社寺部の部長であった宮大工さんと見たこともないような玄関、廊下、宴会場をつくっていきます。逆に売店はなくし、温泉街へ出ていただくようにしました。

それまでの洋風の玄関・ロビー・フロントを、江戸時代の蔵の部材を使用し素材からも日本式にしました。1979年のパンフレットで謳っていた「日本建築の伝統美に統一した館内の整備」がようやく1992年に実現したのです。旅館名も”歴史の宿金具屋ホテル”から”歴史の宿金具屋”に。これが金具屋の現在の姿となります。

斉月楼のライトアップを始めたのもこの頃です。

インターネットの誕生

もう一つの大きな転換期となったのが、インターネットの誕生でした。
金具屋では1996年に公式サイトを開始しています。Yahoo!Japanが95年にサービス開始ですから、わずかその1年後には始めていたことになります。
当時のサイトのトップページには、「ようこそ 歴史の宿金具屋 バーチャル宿泊へ」と書かれていて、高校生の女の子たち(八代目の娘とその友達)が金具屋を体験するというコンテンツをメインとした、画期的なサイト、いやホームページでした。

これだけ早い時期にネットに参入したのも、1998年の長野オリンピックに向けて、高速道路や新幹線ももちろん、志賀高原にいち早く光ファイバーによるネット回線が敷設され、インターネットの先進地になったのが大きかったかもしれません。

世の中ではすでにバブルが崩壊していましたが、この地域はオリンピックのおかげで若干タイムラグがあったようです。

このタイミングで大改装が行えたこと、完全な和装の旅館に切り替え、日本旅館、古い建築に文字通りスポットライトを当てたこと。インターネットへいち早く対応したこと。
ここで、現在の金具屋の基礎ができあがったといえます。